ボクシングコラム・雑記などの最近のブログ記事
私は昨年の10月から、ボクシングジムに通っています。完璧にボクササイズです。
気分はメキシカンです。J・C・チャベスかヨリ・ボーイ・ルイス・ラモン・カンパスな感じです。
あとはマルコ・アントニオ・バレラでしょうか。
サンドバック相手にタイソンのマネをしております。
本当はこの6月いっぱいで辞めるつもりだったのですが、7月まで続けることにしました。
ジムに入会時に亀田家のカテゴリーに書いた記事に載せているボクシングマガジンとワールドボクシング(ボクシングワールド)は、ジムに譲ってしまいました。
思い出に、中3の時に買った最初のマガジンとワールドは1冊ずつ手元に残しました。
今回の上京時にはとても持っていけないですし、段ボールの中にしまっていてももったいないので、少しでも役立ってもらえたらと思っています。
ビデオテープはいずれデジタル化したいと思っていました。
そうしたら、これもまたジムに譲りたいと思っていました。
最近、重い腰をあげてビデオキャプチャユニットを使って、DVD化したり、とりあえずHDDの中に取り込んでいます。
マニアな方からしたら大した量ではないのでしょうが、『とてもじゃないけど、全部やってらんねえ』という感じです。
もっと早く、少しずつやっておけば良かったと後悔しております。
写真の一番左の『WOWOWエキサイトマッチ・1』には、1991年度エキサイトマッチ総集編、フリオ・セサール・チャベス特集、1992年度エキサイトマッチ総集編の3回分が入っています。
これはもうチャベスの特集だけをDVDにすることにしました。
ジムの練習生の皆さんにチャベスは見てもらいたいです。
『マイクタイソングレイテストファイト』はたぶん今は販売していないと思うので、貴重だと思います。
もう若い人だとタイソンの名前は知っていても、ボクシングを知らない人も多いのでしょう。
↓私が好きなタイソンの動画の一つです。バックで流れている曲は、映画 『プラトーン』でも使われていたものです。
曲名が分かりません。
ケビン・ルーニーとやっているヘッドスリップの速さ、好きです。
『カルロス・サラテのすべて』 は日本のジムに1本ずつ置いて欲しいです。
サラテを初めて見た時は、『あ~、(J・C)チャベスや(リカルド)ロペスはこの人を見て育ったんだな』 とか思ったりしました。
何だか私の知っていたメキシカンの祖先を見たような気がしました。
もっと古いボクサーを知りたいです。
このビデオの最後の対戦相手を見て、『ん?え?ジェフ・フェネックなの?』
私のレベルだとジェフ・フェネックはアズマー・ネルソンとやっている頃でした。
サラテとジェフ・フェネックが闘っていたなんて。
歴史ですね。
今日のおまけ
『Hymne à L'amour" Edith Piaf cover 』さんです。
あの、俺、切れちゃってるんで。
内藤さんは俺の希望以上の方でした。
亀田家は俺の想像以上のことをしてくれました。
俺、会場に行かなくて、逆に良かったです。たぶん、暴れちゃったと思います。温和な性格なんですけどね。
乱闘、起きなくて良かったです。ほとんど内藤さんの応援だから起こる訳もないわけでして。
内藤さんがやったことを汚してはいけないので、大人な振舞いを心がけたいと思います。
以下、下書き・校正なしの文です。
ボクシングファン向けと一般の方、両方へ向けて一記事で書けるほどの文才はないので、私の独り言です。
内藤さんの試合前のコメント、そして試合直後のリング上、試合後のコメント等を聞いて、この試合の本当の意味が分かりました。
亀田家を倒せるボクサーなんていくらでもいるわけですよ。別に日本ランカーでなくても。
しかし、思ったんです。
亀田家の相手がユーリでも渡久地さんでも玉熊さんでも違うんです。ファイティング原田さんでも白井義男さんでもないわけです。
内藤さんじゃなきゃいけなかったんです。
何か、必然とでもいうべき、何かの運命なんです。
過去の記事を読んで頂ければ分かりますが、亀田家の問題を知り、このブログに<ボクシング>のカテゴリーを作りました。
しかし、亀田家のことはボクシングで語るのに違和感を感じ、ボクシングから切り離し、<アンチ亀田>のカテゴリーを作りました。
そして、元々『アンチ』などの言葉は使うのを好んでいたわけではありませんし、亀田家に対しても別に認めるところは認めたいと思っていたので、<亀田家>とカテゴリー名を変えました。
先日書いた今回の試合予想も、私は<ボクシング>のカテゴリーに書いたのです。
まず、対戦相手が大毅選手だからと言って、初防衛戦の記事を<亀田家>で書くわけにはいかないと。
内藤さんに対して失礼だと。
そして、何よりもボクシングの試合でしたから。
つまらないことかもしれませんが、私のそんな心意気も亀田家は潰してくれました。
亀田家についてはまた後日、亀田家のカテゴリーにて書きます。処分も今日出ましたし。
試合の感想を書きましょう。
内藤さんはやはり硬かったです。
入場シーンからも気負っているのが、少し見てとれましたし、1Rが始まって『あ~、動き硬いな~』と思いました。
無理もないです。ただでさえ難しい初防衛戦ですし、色々とプレッシャーやゴタゴタがついてまわった試合ですから。
どれだけ初防衛が難しいか。
私が思いだすのは平仲明信さんです。
あのエドウィン・ロサリオから1RKOでタイトルをとり、初防衛戦では比較的イージーな相手に見えたモーリス・イースト(比)戦。まさかのKO負けでしたから。オーバーワークもたたって、動きも重かったですが、あの結果は想像していませんでした。
硬くなければ、ダウンの一つは取れたと思いますし、流れによってはKOも当然あったとは思います。
しかし、あの亀田家のスタイルでは難しかったですね。まあ、ボクシングになっていませんでしたが。
ジョー小泉さんが、タイソン対バスター・マシス・ジュニア戦の時に確か「マシスの戦法はピーター・マクリーニ戦法」と解説した覚えがあります。
ホリフィールドがタイソン戦で、下がらずに前に出ることで成功しました。
それを見て、マクリーニも前に出ていく戦法を取ったからです。KOされましたけど。マシスも。
(追記2007年10月16日)↑ Anonymousさんからコメントを頂いた通りに、ホリフィールド戦の前にマクリーニ、マシス戦でした。どうして私の頭の中で、こうなってしまったのか。まだデフラグが足りないようです。
今回の亀田家も一見前には出ているが、逃げているのと同じです。
チャベスが判定勝利で終わった時もジョーさんが「最初からKO負けを逃れて、勝つ意志がなく、あれだけ下がられてはチャベスでもKOするのは難しい」と言うようなことを言っていたことがありました(対戦相手は忘れた)。
その他の戦評はニュース記事等で書かれている通りですので、省略します。
内藤さんの試合直後のコメント、良かったなと思いました。
冷静に試合を振り返っていました。相手のよい所も認めていたし、自分の不出来具合も述べていましたし。
あと大毅選手はまだ18歳だからとか聞きますが、歳のことでいったら凄いのは33歳でフライ級でやっている内藤さんの方が凄いですから(私、32歳)。ジェームス・トニーやホリフィールドのようにやれるわけではないですよね(二人とも好きです)。
今回、日本人最年長防衛という記録がその大変さを現わしていると思います。今回のことで初めて知りました。
あと、亀田家が練習を積んでいることは分かりますが、ボクシングは練習量を競う競技ではないのです。他の競技や勉強や仕事もそうだと思います。
比べるなら戦績を言わないと。
その戦績すらリングに上がったら関係ないわけです。
内藤さんには次戦はベストな状態でリングに上がってもらえればと思います。
もう、一戦一戦を大切にするまでです。
今回の勝利、おめでとうございました。
内藤さん、面白ろすぎです。
PS
試合終了後、この記事を書くのが遅くなったのは、普通に試合を見直したり、ニュース記事や他サイトなどを見て歩き、ボクシングを楽しむことを久しぶりに堪能していたからです。
あとは風邪を引いて、喘息が出てしまったりなどして、プライベートもイマイチでした。
今日のおまけ
この勝利に合う曲を考えたのですが、これっていうのが中々思いつかなくて。
昭和の曲ということで、ブルーハーツの『人にやさしく』です。
それと何か明るい感じということで、『雨上がりの夜空に』です。
試合予想をしないといけないですね。
よく考えてみたらボクシングの試合を見る時に、予想を立てて見たことはあまりない様な気がします。
応援している方が勝って欲しいと思いますし、どちらの応援でもなく好カードを楽しみに見る場合もありますし。
世界戦だったら基本的には日本人の人に勝って欲しいという思いで見ます。例外もあります。
紙に採点を書きながら見たことは一度もないです。
今回の予想は『内藤選手に勝って欲しい。内容として差をつけて。KOか判定はこだわらない』です。
予想というか、希望です。
2選手ともほとんど見たことがない選手に等しいので、「予想」はできないです。
内藤選手の試合はテレビで見とことがないです。
You Tubeで確認できる試合を見たのみです。You Tubeだけでは少し無理です。
私にとっては亀田大毅選手の試合は一試合、長男の前座で見ているので、内藤選手の方が実は見ていないことになります。
大毅選手の一試合も内容からいって、見たうちに入らないと思います。
内藤選手のいいなと思ったシーンはいくつかあります。そのうちの1つが相手を1RでKOした試合です。
最初の1発目の右ストレートでダウンを取った試合です。
ダウンを取った後の詰めのシーンがいいなと思いました。
足と手が一緒になってついて行き、相手を追うところです。
相手がグロッキーとか関係なく、間を詰めて相手に隙を与えず倒すのはなかなか難しいです。
坂本博之さんもそれでセラーノ戦を落しました。
ユーリ・アルバチャコフ対ムアンチャイ・キティカセムⅠの3R目を思い出しました。
ユーリがダウンを取られ、その後にダウンを取り返し、追い詰めるシーンです。
結局、そのラウンドのKOはなりませんでしたが。
あと、コンスタンチン・チューの詰め方とも似ていたかなと思いました。
タイプは違えど同じ変則なスタイルですし。
チューが詰める時の速攻はあの様な感じだと思います。
あ~、やはり亀田家、ダメです。
今日の記者会見の記事などを読むと。
本当に切腹するのでしょうか。
会場の方々、「切腹!!」コールとかしてしまうのでしょうか。
負けた後の亀田家の姿、ある意味見れないように思えます。
自業自得ですが。
(2007年11月11日追記)記者会見です。
http://jp.youtube.com/watch?v=gymA5c0-tE0 ←(追記2007年11月12日19:48)もう見れなくなりました。
あと、今朝のみのもんたさんの番組に長男さんが出演しているのを見ました。
番組も編集をしていると思いますが、ボクシングを知らない人に本当のボクシングを見せないといけないと思いました。
内藤選手の応援団にはとりあえず、亀田家が入場する時にはブーイングをお願いしたいです。
選手紹介のアナウンスの時はきちんと静かにして、紹介されたらまたブーイングをお願いします。
後楽園ホールばりの地響きお願いします。血、沸き立てて下さい。
乱闘はよくないので、なるべくしないようにお願いします。
私は半分、亀田家の3兄弟も可哀想だなと思ってしまうことがあります、最近。
親が悪い。その親の親も見てみたいです。取り巻く大人も悪い。
社会福祉などに関わったことがあるので、福祉的な目で見てしまうことがあります。
あの親に生まれてしまった運命なのでしょうか。
今日のおまけ
内藤さんは私の一つ上です。入場曲はあの曲だそうで。
昭和60年の歌でしたか。私は10才。20年以上前です。
『原色したいね』もいいと思います。
ボクシングのカテゴリーをどうしうようか、この2~3日考えていました。
このブログを最近やっていてやりづらいと思うことがあります。
このリンク集にあるバイクやボクシングのサイトを見てもらえば分かりますが、やはり1つのサイトに1つのテーマでやるのがベストだと思います。
それに、軽く日記か雑記帳をつける程度でしょうか。
いくつかのテーマを持っているブログでは、そのカテゴリーに別のブログをリンクさせているサイトもありました。なるほどなと思いました。そこまではできません。
SR400のカテゴリーはこの感じでいいと思います。超ビギナーの私とSRの付き合いを記録していけばいいと思います。
PCスキルとかもこれでいいです。
帰郷前、プロフィールも構わないと思います。
<家業とか>については左サイドの自己紹介の欄の説明だけでよいと思い、カテゴリー、記事共に削除しました。
店舗ブログの記事だけをPCスキルとかに移しました。
また、日記、帰郷前で上のような理由で必要のない記事をいくつか削除しました。
この記事は存在しません、というメッセージがでるかもしれません。
ボクシングについては<アンチ亀田>としていましたがアンチを取り<亀田家>にしました。最初は少し頭にきていましたが、アンチみたいな言葉を使うのは私は好きではありません。
カテゴリー分けにも悩みます。
最近、ボクシングファンとは何かを考えていました。
情報などを発信する力は、ボクシング小僧だった時の勢いのない私には無理です。
世の中には私よりも忙しい人の方が圧倒的に多いはずなのに、私には時間的にも負担になります。疲れてまでこのブログをやりたいとは思いません。
時代の違いを感じました。
良識ある多くのファンの方が、質の高いサイトを作り、情報を発信してくれています。
試合のレポートは専門紙や他のファンの方が書いてくれます。
私のとるべき行動はなんだろうか。
ティトさんのコメントを読んで、エバーラストのグローブも欲しくなりました。
やはり、私は記事を書くよりは、カルロス・サラテのビデオを100回でも1000回でも見ていたいです。まだ見ぬシュガー・レイ・ロビンソンやヘンリー・アームストロングを見たい。クラシックなボクサーを見たい。
ボクササイズでいいからジムに通って、バッグ打ちやマスをしたい。
90年代のボクシングの思い出につかりたい。
ビデオをHDDにデジタル化し、今まで切り抜いてきた記事をPDF化したい。
深夜のボクシングを見、ボクシングマガジンを読み、少しでも多く、You Tubeでボクサーのトレーニング風景を集めたい。
上に上げたようなサイトを見つけ、読み、収集することが私のやりたいことだと思いました。
スレイプニルのお気に入りの中も増えてきました。
その中に眠らせていてももったいないので、リンク集をSR400とボクシングとその他のものに分けていくことになると思います。
多く他サイト様を集め、ここを訪れた人の役に立てればと思います。
このブログについてのカテゴリーで<または意外と続いて、どういう形になっていくのかも分かりません。> と綴りましたが、ボクシングのカテゴリーもそういう感じでやっていくことになると思います。
今日のおまけ
BOOWYではこの曲がなんだかんだ一番好きです。
http://jp.youtube.com/watch?v=V2Lc8Jf6rAk
ボクシングが好きになった理由とか、全然覚えていません。分かりません。
同じ趣味でもバイクが好きになった理由やきっかけははっきりとあるのですが。
1990年の2月にタイソンがダグラスに負けています。
たぶんその試合はニュースで見たくらいだと思います。
中学3年。なぜか6月の大橋秀行対ナパ・キャットワンチャイの試合をビデオで撮りました。もう試合が始まっていて、慌てて
録画したのを覚えています。2Rにダウンを取ったことも。
その夏にレパード玉熊さんがタイトルを取りました。
その時はもうボクシング好きになっていました。
その試合の後、ボクシングマガジンを買いたくて、毎日、本屋に通ったのを覚えています。マガジンの最終ページに発売日
が書いてあったのに。
深夜のボクシング番組をみるようになりました。平成三羽ガラス達がいました。
WOWOWでエキサイトマッチが始まり、雑誌でしか知ることのできなかったボクサーを見ることができました。
親にBSに入るように頼みました。
チャベスに出会いました。
初めてチャベスを見たのはBSのNHK番組でした。ガッツさんが解説をしている番組。ノンタイトル戦。
どんな選手なんだろうと。しかし、最初の印象は特にインパクトが残るものではありませんでした。
チャベスの凄さに気付かなかったです。
ダックしながら相手をロープ際にをつめて、左右のボディーを打っていたのを覚えています。ビデオは消してしまいました。
モザイク越しのエキサイトマッチでパーネル・ウィテカーが闘っている(確か対アズマー・ネルソン)。早くエキサイトマッチを見たい。
そしてエキサイトマッチの1991年総集編を見ることができ、フリオ・セサール・チャベス特集を見ることができました。
対メルドリック・テーラーⅠは何回も見て、私の原点になっています。
ボクシング経験はアマでちょっとかじった程度です。
1R1分くらいでRSC負けしたこともあれば、1回にスタンディングダウンをとられて、2回に逆にストップ勝ちしたり。やる方は全然向いてなかったです。喘息などで体が弱かったのが大きかったです。
最後にジム通いした時には、アマでいいから試合をしたかったんですが、叶いませんでした。『アマでいいから』なんて言える身分じゃないです。
プロのリングに憧れましたね。
本当にボクシングが好きでした。
高校を出て、東京に住んで。当時、まぶだちが一人いました。もう4年くらい連絡をとっていません。元気にしてるかな。あだ名のイニシャルがGなので、だちGとします。
だちGとつるんで、後楽園ホールに行っていました。いつも2階の立ち見で見ていました。
